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2008年05月28日(水)
数年前に撮ったプロモーションビデオがYouTubeに有った!
 私が撮影したリチャード・ハートレイのPVがYouTubeに上がっていた。Richard Hartley & Soul Resurrection Music Video "Love Is All We Need" である。アメリカでオンエアされていたそうだが、私はデジベで見ただけで、オンエアは見ていない。

 この撮影の様子は会社のホームページのShootingにアップしている。
http://svs.ne.jp/home/svs/home/genba/st21/index.html
大部分をスタジオ21で撮影し、路上カットはひっかけ橋付近だ。大勢のエキストラが入った撮影は見ても新鮮だ。動画をアップした人はアメリカ人のようだ。映像にスーパーなどが無いことを考えると業界人だろう。おかげでYouTubeで動画を見ることが出来るようになった。
忘れていたものを思い出させてくれて有難う!  で、もしかしてと思い、YouTubeで「CURIO」を検索してみた。有るではないか!

 キュリオのバナナホールでのラストライブだ。この時の私はスイッチャー/テクニカルディレクターを務め、キャメラは教え子達である。
このときの様子もShootingにアップしている。著作権の問題はさておき、YouTubeというのはなんとも凄いアーカイブなのだ。私はもっぱら「空耳ジャンパー」を検索するのが大好きだ。
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2007年01月21日(日)
銀撃ち
 「銀撃ち」だ。日々好日がヒットしていた。
 特効(特殊効果)のキャノン砲で銀テープが天上に打ち上げられると煌びやかに輝きながら、スルスルと降って来る。舞台のラストシーンにはふさわしい演出である。
 写真はフェスティバルホールでのラストシーンだが、ギミックさんが「銀打ちはずさんといてや」と一言。大きなプレッシャーになる。銀打ちのキッカケはもちろん台本どうりだが、実際のタイミングはライブで進む舞台の状態によってコンマ何秒、微妙に変わる。ライブでスイッチングをしている私は絶対に外せない。
 リハーサルの休憩中に
 私「どこで打つのん?」
 ギミックHさんの場合「だいたいこの辺かな〜」
 ギミックOさんの場合「ここ」
 ギミックSさんの場合「えー、このへんですね」
笑顔の中に微妙なタイミングを知ることが出来る。
 さらにHさん
 「俺が押さな出えへんねん」
 いい人たちばかりである。
 
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2006年12月08日(金)
小田純平
 「小田純平」という検索。検索されたページはCGIで書いている業務日誌の「日々好日」のアーカイブスだ。CGIで書いているとどうしても検索エンジンに載り難いために、古い記事をhtmlに書き直している。
 「小田純平」もアーカイブスに入れてからヒットしている。氏の歌唱力は抜群だ。歌の理解度が違う。他の人の歌を唄うと同じ歌がオリジナル以上に魅力的なものになる。もちろん氏の歌も素晴らしい。写真は厚生年金会館の楽屋前で撮影したものだ。スケジュールが合えば是非中津ライブに伺いたい。
 今日は明日の撮影の仕込みで事務所に戻ったのは10時を回っていた。明日は7時出発になる。そしてヴィッセル神戸の取材に行っていたMキャメラの方も無事終了し、早速次の取材が決まった。次回は音声のI君がダブっているため、笹邊が音声で入ることにした。結局今年も年末のカウントダウンまで休みなしになりそうだ。
 小田さん、申し訳ない・・・・
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2006年10月29日(日)
フラナニスタジオ
 「フラナニスタジオ」という検索。フラナニスタジオ21が「10周年記念公演」と題して、デラクルーズ兄弟を招待した公演のビデオが検索されていた。制作作品のページも随分と更新していないため、かなり古い作品が掲載されている。毎年50タイトルほどのパッケージビデオやDVDを作っているので、そろそろ更新しなければならない。
今日は神戸のポートピアホテルでフラの収録だったが、紹介してくれたのはサウンドエンジニアのS氏である。私の会社ではVPだけではなく、様々な舞台も撮影する。それらは全て営業ではなく、音響や照明等の舞台関係の方々からの紹介である。こういった裏方さんから信頼を得るには、舞台での様々な約束事を厳守し、常に安全対策を心がけなければならない。それは技術以上に大切なことだ。私の会社が心がけていることは次の三つの「あ」である。
1:挨拶、2:安全、3:後始末


いつも若々しいS氏だ。

 今日も事故無く一日の現場を終えることが出来た。
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2006年09月15日(金)
立花美哉 撮影 契約
 「立花美哉 撮影 契約」というキーワードでこのページが検索されていた。立花美哉さんを撮影したのは昨年の9月、マスターズカップの時だった。ある選手を追いかけて取材していたが、美哉さんがゲストでこられていた。主催者のOKを戴き、正面から撮影できた。あとで書くが、客席が四方に作られ、どこが正面か判らなかった。これは本人に聞くしかあるまい。
 今日は「シンクロワールドカップ2006」がオンエアされている。シンクロの選手には申し訳ないが、誰もが似たメークで、一瞬で誰かというのが判らない。昨年もこの人が「メダル獲得総数5個の銀メダリスト」だと気づかず、チームのスタッフだと思い「今日の演技はどこがが正面になりますか?」と私は余りにも気楽に話してしまった。後から思うとご本人は不愉快だったのでは・・・。同行していた私のスタッフに「あの人はシドニー、アテネの銀メダリストですよ!」と窘められた。
 だが、いいかえれば「銀メダリスト」を感じさせない気さくな関西弁の美哉さんは素晴らしかった。演技終了後もプライベートなビデオ撮影で自らハンディーカムをまわされていた美哉さんとは色々話すことが出来た。実は私を窘めたスタッフも「笹邊さんは怖いもの知らずですね」といいながら、後は私以上に美哉さんと気さくに話していた。私が怖いのは機材のトラブルだけである。
 今日、会社のサイトが25万アクセスを超えようとしている。カウンターは同じIPからの連続アクセスはカウントしないタイプだからかなり正確だ。ここ数日は400アクセス/日を超えているが、日々コンテンツの充実を行ってきた甲斐があった。
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2006年09月07日(木)
山田純大 取材
 「山田純大 取材」だ。山田純大さんを取材させていただいたのは「男たちの大和」の公開前だった。インタビューでは唐木正雄二等兵曹が機関砲を撃つ様子を身振りを交えて話していただいた。父杉良太郎氏とはまた違ったキャラクターで、見るからに好青年である。当初の取材は鈴木京香さんの予定だったが、シフトの関係で山田純大さんに変わった。たしかに本音を言えば悔しい思いをしたが、若き映画人の輝く瞳にすがすがしさを感じた取材だった。 
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2006年08月12日(土)
岡田裕美
 「岡田裕美」の検索が月に100件以上ある。そして画像検索の「岡田裕美」は200件以上にもなる。ただし私のサイトから検索されたのは役者の岡田裕美であり、AVの「岡田裕美」さんではない。役者の岡田裕美は何度も撮影をしたが、AVの「岡田裕美」さんは実物はおろか、DVDも見たことが無い。
 役者の岡田裕美は色気より食い気というか、食べ物さえご馳走すれば・・・・という噂まで出たくらいの食い気の持ち主だ。しかしひとたび舞台に上がるととてもクールで、目線だけで女を演じることが出来る役者である。こういう役者は他にもいる。ファントマの「美津濃あわ」もまさに役者だ。スッピンの彼女を見て、それがクレオパトラを演じる「美津濃あわ」と気づく人は居ないだろう。これは化粧の問題ではなく、彼女の演技力以外の何ものでもない。
 同姓同名の「岡田裕美」がAVの「岡田裕美」さんでなくて気の毒な気もするが、私にとって「岡田裕美」は「役者の岡田裕美」である。
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2006年06月16日(金)
五嶋龍
 最近五嶋龍君をよくテレビで見る。実は彼が15年ほど前に、姉の五嶋みどりさんのピアノ伴奏でバイオリンを弾いた映像がある。これが彼のデビューになるかも知れない。これはNHK文化センターの仕事で収録したものだが、泣きながらバイオリンを弾く龍君が今も印象に残っている。
 テープはMUというフォーマットで、当時NHKと松下電器が共同開発したVTRフォーマットだ。ソウルオリンピックで公式フォーマットにはなったが、その後はアメリカNBCが正式採用したことくらいで、ソニーとのフォーマットバトルには負けてしまった。
 ソニーがβカム⇒βカムSP⇒デジタルβカム⇒βカムSX⇒HDCAMという流れの中で、常に過去のフォーマットが再生できたことは大きい。βマックスはVHSとのバトルには敗れたが、放送用では完全勝利を収めたのである。
 過去のフォーマットになったMUだが、今も再生環境は整っていて、MUはアーカイブスとして今も有効である。必要なものはデジタルに変換し保存している。後藤龍君のテープも早々にデジタル変換しておいた方がよさそうである。この他にも1/2インチオープンリールや3/4インチUマチック、1インチCフォーマット、AKAI-CVCやV-30フォーマットなど、様々な旧フォーマットが今なお存在している。世の中には次の時代のためにデジタル変換しなければならないものが沢山ある。8ミリビデオやβマックスなどもそろそろ幻のフォーマットになりつつある。
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2006年05月27日(土)
マナ・カナ
 マナ・カナという検索だ。
 ホームページの現場レポに彼女たちを起用した撮影のメイキング本番の様子を所属事務所と本人たちの承諾を得て掲載している。私の会社ように小さな技術会社であっても、タレントを起用した撮影が依頼される。
 つい先日は「レギュラー」の松本君、西川君を起用した撮影があった。大阪市内の某スタジオで行ったが、タレントという言葉の意味を強く感じた。沢山のセリフがある台本を事も無げに自分の言葉として語ってくれた。もちろんアンチョコ無しである。素晴らしかった。撮影は順調に進み、予定よりも1時間早く完了できた。
 この日「レギュラー」が所属する吉本興行から来られていた人は、以前他の現場で知っていた人で、いきなり「懐かしいですね」と挨拶された。このときばかりと、今回の「レギュラー」の撮影現場をWEBで紹介したいと相談したところ、上司の方を紹介していただいた。公開する前に担当部署にプレビューしてOKが出ればアップできそうだ。取り合えず当日はキャメラをM君に任せていたので、気楽にもデジカメで色々押さえておいた。
 表方がいて裏方がいる業界は、裏方がいて表方がいるとも言える。そして舞台裏には表舞台にない面白さがある。業界にいると様々な面白いことがあり、これを知ると止めることが出来なくなる。一種の麻薬のような物かも知れない。今ドイツに行っている宮本選手や大黒選手も前回W杯関連でインタビューを行った。うまく行けば帰国後またインタビューがあるかも・・・。楽しみに待とう。
 キャメラのM君とは15年ほどの付き合いになる。ウエイトは私の2/3ほどだ。私も少しダイエットしなければ・・・最近持久力の低下を感じている。
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2005年12月11日(日)
ランニングシアターダッシュ
 ランニングシアターダッシュが本日の東京公演を最後に解散する。
 保坂和拓氏の記事によると
劇団を主宰する大塚雅史さんは、解散の理由を、「集団として向かうべき方向を見失った今、フラフラと持続する事は、自分にとってもメンバーにとっても良い事ではないと判断した」とだけ語っていますが、おそらく様々な事情が絡み合っての決断なのでしょう。
ということだ。
 大阪屈指の小劇団の解散は大きな衝撃だが、ダッシュの最終公演に客演する浅野彰一(ファントマ)は今も役者を続けている。彼が新天地に所属していた頃からの付き合いだが、やはり続けることが強いと思う。彼や美津野あわ達のように私も方向を見失わないように勤めたい。

 最近オークションにTheEndAgainのビデオが出ていた。
誰が出品しているのかわからないが、自分の作ったビデオが出品されているのは変な感じだ。
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2005年10月14日(金)
NOB CURIO
 キュリオのノブさんが検索されていた。
 バナナホールでのラストライブ収録の様子を公開しているが、写真は事前にHIPLAND MUSICのチェックを受け、公開してよいものだけをアップしている。このライブはDVDとなって発売され、私は当日スイッチャー、テクニカルディレクターを担当した。キャメラは全員私の教え子達だが、皆良く頑張ってくれた。発売されたDVDには彼らの名前もクレジットしていただいたが、これは彼らの勲章になったに違いない。CURIOのメンバーも解散後それぞれ活躍しているようでなによりだ。
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2005年06月27日(月)
金田たつえ
 昨日は「金田たつえ」をキーワードにした検索がダントツに上がっていた。おそらくTVかラジオに出演されていたのだろう。
 金田さんは演歌界を代表する歌手だ。2002年には歌手生活35周年で一緒にハワイへも同行取材した。私が撮影した映像作品は「母恋巡礼」〜「お母さん」まで、10タイトルを超えている。10万枚を突破した「お母さん」は ♪どなたですかと他人のように、わたしを見上げて聞く母の・・・・♪ という関口義明氏の歌詞でわかるように、認知症になった母親をテーマにした曲である。花笠薫氏のしっとりとした曲調に金田さん独特の歌声が調和し、聞く者の心に染み込んでくる。福祉をテーマにした演歌では北島三郎の「愛の道」 ♪けわしき道、されど我が道愛の道。押させて下さい車椅子♪ という前島富子氏(八代英太夫人)を思い出すが、関口氏の「お母さん」は認知症ということで私達にとってより身近な問題として聞こえる。福祉をテーマにすると、どうしても周囲からバッシングが起きるものだが、金田さんの場合はそうではない。彼女自身の問題ととらえ、多忙なスケジュールの中、様々な活動を行ってきた。その活動が高く評価され、平成17年の小泉純一郎・内閣総理大臣主催「桜を見る会」にも招待された。低迷気味の演歌界ではあるが、やはり演歌は日本人の心にしみる歌として、必要としている人々が沢山いる。金田さんには益々元気で歌いつづけてもらいたいものだ。
http://www.kaneda-tatsue.com
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2005年06月08日(水)
海老一鈴娘
 海老一鈴娘(えびいちすずめ)さんを撮影したのはもう2年ほど前のことだ。
 出刃包丁を使って皿回しをする芸に感動した。出刃包丁を3本たてに重ねてさらにアゴに乗せる。彼女の緊張感がレンズを通してディスプレー上に再現される。可愛らしい顔からは想像も出来ない大胆な芸である。
 獅子舞や曲翔などと同様に、お目出たい席で演じられる古典曲芸太神楽。難波利三の小説「芸人横丁花舞台」は彼女の母・鈴子さんと鈴娘さんがモデルになったものだ。鈴子さんの舞台を見たことは無いが、どんな人なのだろうか。鈴娘さんの芸を思うととても厳しかったのではないかと想像する。
 現在鈴娘さんは寄席や巡業で活躍されている。極度の緊張の中で見せる厳しい表情も、技が決まった瞬間うれしそうな表情に変わる。素直に喜ぶうれしそうな表情、これが最高にいい。益々活躍してもらいたい芸人さんである。
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2005年06月04日(土)
マナ カナ
 言わずと知れた双子姉妹の三倉茉奈さん・三倉佳奈さんのことである。
 大阪府出身で、NHK朝の連続テレビ小説「ふたりっ子」のヒロイン麗子(まな)香子(かな)の役でドラマデビュー。
 「ふたりっ子」当時は小学5年生だったふたりも関西学院大学に通う大学生です。
 マナ カナがキーワードになるのは、二人が国土交通省のイベントに起用され、そのときのV撮りや本番の様子をHPで公開しているからだ。二人の写真公開については事前に所属事務所に許可を頂くため、事務所、マナ・カナ本人にも確認してもらった。
 この二人が若くて綺麗なのは当たり前のことで、なによりも性格が良かった。
 二人には益々活躍してもらいたいのだが、実は母君が美しく、性格が良いのだ。この母にしてこそマナ・カナが生まれたと言ってよいだろう。
 母君の写真を載せたいところだが、非常におしとやかで、写真は遠慮されてしまった。
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